おばあちゃん、ありがとう。

父がたの祖母が亡くなったので、葬儀で日本に帰っていました。

母がたの祖母は2009年に亡くなっているので、俺にはおばあちゃんがいなくなってしまった。

おばあちゃん、99歳でした。

100歳までがんばるって言っていたけど、少し早く亡くなってしまったね。

今の感情は、悲しいというより、おばあちゃんがこの世にいないということに不思議な違和感を感じます。

今でも実家に帰ったら「ゆうちゃんお帰り」って言われそう。

晩ごはん作ってくれて、好き嫌いせずに何でも食べろって言われそう。

俺、両親が共働きなので子どもの頃は学校から帰るといつもおばあちゃんが待っていてくれました。

一緒に近所のスーパーに買い物にもついて行ってたな、小さい頃の俺と妹。

反抗期もおばあちゃんに対してだったみたい。自分では覚えていないんだけど、母親は「いつかこの子がおばあちゃんを金属バットで殺すんじゃないかと心配だった」と言われるほどの反抗期だったそうです。

それでもおばあちゃんが辛抱強く面倒を見続けてくれて、大学生になってからはシドニー留学の費用も援助してくれて、いま海外で働いている自分につながっています。

おばあちゃん、いつも会うと「ゆうちゃん、お願いだから日本帰ってきてちょ」と言っていました。

あと「早く嫁さんもらって、子どもの顔見せてちょ」とも。

どちらの願いもかなえられなかったから、今ごろおばあちゃん怒ってるかな。

せめて最期、葬儀に出て、顔を見て見送ることができてよかったです。

ここ数ヶ月ご飯食べれなくて点滴になっていたらしく、最期は痩せてしまっていました。

いつも「最近はテレビで小太りが一番健康にいいって言っとるで、ゆうちゃん、もっと太らないかんよ」って言っていたおばあちゃんなのに。

でもやっぱり元気だった頃の想い出のおばあちゃんの顔で、今にもまた「ゆうちゃん」って呼ばれそうで、その時は悲しみがこみ上げてきました。

これから天国に向かうんだね、おばあちゃん。

見ていてくれたらわかると思うけど、俺は元気に働いて、遊んで、食べて、生きています。

おばあちゃんが育ててくれて、留学もさせてくれたおかげで、もうおばあちゃんが心配しなくても野菜でも魚でも何でも食べれるし、人見知りせず誰とでも話せるし、きとんと生きていけます。

だから、これからは何も心配せず、楽しく天国で暮らしていってください。

「ひとが見てなくても、仏様は見とるで、悪いことはしちゃいかんよ」

おばあちゃんのその言葉、これからは悪いことをしたらおばあちゃんに見られると思って自分への戒めにして、生きていきます。

俺のことを育ててくれてありがとう、おばあちゃん。

本当に、ありがとう。

苦しみも悩みもない天国で、いつも笑っていてください。

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