俺は誰?俺はゲイ?

今日は東京レインボープライドだそうですね。

行きたかった。行けないけど。

月末には地元名古屋でもNLGRってLGBTイベントがあるけど、次回の一時帰国はゴールデンウィークが明けてすぐの予定なので、残念ながらそちらにも参加できません。

一般的にLGBTプライド月間は6月だけど、日本は少し早いのはやっぱりゴールデンウィークがあるからと、海外のプライドイベントと重ならない日程を選んでるからかな?

ちなみにグアムも6月にプライドイベントがありますよ。

去年は参加できなかったけど、日本からもゲストとしてドラァグクイーンのオナンスペルマーメードさんが参加していたらしい。

今年も参加予定みたい。


こうしたプライドイベントについてはLGBT当事者でもよく思っている人、よく思ってない人、関心のない人など、もちろんいろいろです。

俺は、俺にとって楽しいイベントは好き。そして、自分のセクシュアリティがわからずにもやもやしてる人、自分は変なんだと自己否定している人が、自分のセクシュアリティを肯定する言葉やモデルに出会えるかもしれない露出があるのはいいことだよな、と思っています。

俺自身も「自分は同性愛者なんだ」と自覚してからいろいろ楽になりましたね。

ただもちろん、まだまだ自分のセクシュアリティで悩むこともありますが。

思春期の俺は、自分がゲイであることに異常に傾倒して「俺=ゲイ」というぐらいのアイデンティティになっていました。

大学で指導教官だったフェミニストの教授に「あなたは自分がゲイであるということに頼りすぎている」と言われたことが強く印象に残っています。

35歳になった今は、セクシュアリティ以外にも俺のアイデンティティを形成する要素が増えました。

「俺とは何者か」を一言、二言では表現できなくなりました。

いろんな要素がありすぎて。

でも、そんな中で今度はセクシュアリティをそれ以外の要素から切り離すクセがついてしまったかも、とも思います。

例えば日本人である俺、会社員である俺、愛知出身である俺、アジア人である俺、マジメな俺、でも時々不真面目な俺、、、など、そうした要素は互いにからみあっているのに「ゲイである俺」はそれ以外の全てから隔絶された「もう一つの顔」みたいな感覚になる時があるんです。

本当はゲイである俺もそれ以外のアイデンティティを形成する要素とからみあってるはずなのに。

ゲイであることに頼りすぎていた思春期をこえて、今はさまざまなアイデンティティ要素を獲得したけれど、今度は「ゲイである俺」が「俺」の中で溶けて混ざっていく過程が必要なのかもしれません。

とゆーか、そうなってほしいです。


今日、東京レインボープライドがあるおかげで、俺もこうして改めて自分について考えるきっかけになりました。

参加する人たち、楽しんできてくださいねー。

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