「特別であること」への渇望

俺のことを好きと言ってくれる人に本当に共感できない。

俺。ワガママだし、メンタル弱めだし、イケメンじゃないし、筋肉ないし、背低いし。

自分で自分の良いところと評価できるのって、働き者ってところぐらいじゃないかな。仕事は一生懸命します。

でも、俺が他人だったら俺は付き合いたいと思うような魅力のある男ではないな。

平凡、凡庸、普通。または下手したら平均以下。

そんな自分へのコンプレックスが、なんとか自分を「特別な存在」にしたいという渇望を生んでます。

だから、海外に住んでいるのかも。

単純明快な「普通じゃないこと」を求めて、普通な自分を補完したいのかな。

大学時代にジェンダースタディーを教えてくれたフェミニストの先生に「あなたは自分がゲイだということに頼りすぎてる」と言われたのは、本当にその通りで、当時は「ゲイである自分」を頼りに「自分は特別なんだ」と思おうとしていた気がする。

俺の人生においては俺が一番特別な存在なはずなのに、なんだかパッとしないんだよなぁ、この俺の人生の主人公は。

まぁもう思春期みたいに多感に揺れ動く歳ではないので、それでまた摂食障害になったり、アイデンティティが揺れ動いたりはしないのですが、なんだかなぁってもやもや感が消えないんだよな。

平和なんだけどさ、普通であることでもやもやしてるなんてさ。

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