過食症を抱えて生きてきた

俺、過食症です。摂食障害。

このブログを以前から読んでくれている人は知っていると思いますが。 

過食症って病気、みんな知っているのかな。

心の病。

心の中の何かが原因で、ありえないほど過食してしまい、多くの場合、その後嘔吐をしてしまう病気です。

でも、今ふと気が付きました。

最近、過食も嘔吐もしていない。

記憶している限り高校1年生、16歳ぐらいから患っている過食症ですが、32歳の今、その症状は落ち着いているようです。 

肉体的にも、精神的にも、経済的にも、社会的にも苦しんできた過食症。

その症状が落ち着いた今だからこそ、俺にとって過食症とは何なのか振り返ってみたいと思います。

俺にとって過食症の始まりは高校1年生の頃でした。

中学生の頃まで太っていたので、何としても痩せたいと思っていた高校1年の俺。

「食べた後に吐けば痩せられるかも」と気楽にダイエット感覚で始まったのが、食事後の嘔吐でした。

ちなみに、この頃の俺は、自分のセクシュアリティを親にカミングアウトしたことで親に怒鳴られ、泣かれ、家出したり、家出先でセックスを初体験したり、と波乱な時期でした。

過食症は心の病なのでその原因はストレス、といいます。

俺もずっとこの頃の親との確執が原因で過食症になったのではと考えていましたが、よく振り返ってみると、親にセクシュアリティをカミングアウトする前に嘔吐は始まっていたような気もします。

いつから嘔吐し始めたかはっきり覚えてはいないのですが、家出とかをした頃は確かもう太っていなかったので。

逆説的ですが、嘔吐を始めた頃に強いストレスを感じたことで、「嘔吐」という行為と「ストレス」という状態が頭の中で結びつき、「ストレスを感じたら嘔吐する」と体が反応するようになってしまったのかもしれません。

それ以来、嘔吐は少しずつ増えていき、なんとなくストレスを感じたら嘔吐をするようになっていきます。

ところで、嘔吐って意外と簡単じゃありません。

気分が悪くもない時に吐くのって、意外と大変。

そこで覚えたのが、過食です。

信じられないほど大量に食べるのです。

そうすると、気持ち悪くなって吐きやすくなるのです。

あと、吐きやすいもの、吐きにくいものもあって、過食する時は吐きにくいものは避けるようになります。

体質にもよるのでしょうが、俺にとってパンはとても吐きづらくて苦しいものでした。

パンを食べてすぐ吐こうとすると、どろ団子のように唾液などの水分でかたまって小さな塊になって出てくるのです。

つまり固形なので、それが喉につまるのです。

呼吸が止まって死ぬかと思うような苦しい嘔吐になります。

逆に、ラーメンやお好み焼きなんかはすごく吐きやすい食べ物でした。

と言っても、のどに指をつっこんでオエッときっかけを与えてあげるわけですが。

そのようにコツを覚えて過食嘔吐を繰り返すと、あまりストレスなどに関係なく「食事をしたら、必ず吐かずにはいられない」という状態にまではまりこんでいきます。

高校2年の夏頃にはすでにそうなっていました。

親も俺が普通に食事ができなくなっていることに気が付き、心配して病院(内科)に連れていかれましたが、血液検査をした結果は正常。

嘔吐をしているといっても全く栄養素が取れていないわけではないので、すぐに体調に異常がでるわけではないようです。

もちろん、長い目で見れば俺の肉体をむしばんでいたのでしょうが。

この頃、過食嘔吐はすでに俺の「習慣」になっていました。

大学に入って1人暮らしを始めると、過食嘔吐はますます習慣化し、当たり前に行う毎日の日課になっていきます。

夜になると、「あ、そろそろ過食する時間だ」みたいな。

今でもそうですがあまり深夜まで起きているのが好きではないので、バイトがない日は7時や8時ぐらいに過食嘔吐。

バイトがある日も、遅くても10時ぐらいには過食嘔吐。

それがパターンになっていました。

あまり早く過食嘔吐してしまうと、時間が余って吐いた後にもう一度過食して吐く、ということも。

ひどい時は大学が休みの日に、一日中食べては吐いて、食べては吐いて、を繰り返すこともありました。

この頃やっと俺は、自分が摂食障害、その中でも過食症という病気だと自覚を持ちました。

そして、大学の保健管理センターの精神科医の先生に相談した上で、大学近くのメンタルクリニックに通院するようになります。

病院では、抗うつ薬だったりSSRIという薬だったり、安定剤だったり、いろいろな薬を処方され、自分の体質にあう薬を探しました。

確かデプロメールという薬が一番体質にあって、長い期間飲んでいました。

あと、この頃には「過食嘔吐をしないと寝れない」という状況に陥っており、睡眠導入剤もいろいろ処方してもらいましたね。

ハルシオンとかマイスリーとか、いろいろ。

この頃はネットで心の病について調べるうちに、「メンヘラー」と自称する、心の病を患ったブロガーのような人たちの情報に出会い、「メンタルクリニックで頼めば睡眠薬をたくさんもらえる。いろんな薬をもらっているのがなんかかっこいい」というような認識を持ってしまい、とにかく必要以上に薬をもらっていました。

もらってもそれほど飲まず、大量にストックしていました・・・。

ビニール袋が睡眠薬でいっぱいになるほどストックしてたな・・・。

睡眠導入剤には副作用もあり、飲んだ時にはバカな失敗エピソードもありますが、それはまたいつかどこかで。

2005年に廃止されたそうなのですが、この頃は「通院医療費公費負担制度」なるものがあり、精神病の通院医療費の95パーセントを、公費で負担してくれていました。
さらに俺が住んでいた市では残りの5パーセントも負担してくれていたので、俺の場合はメンタルクリニックでは薬代も含めて医療費は完全無料でした。

だからこそ、必要以上に薬を要求するようになってしまったのですが。

その後俺は、1年間のシドニー留学に出ます。

留学中は多少過食嘔吐の習慣は和らぎました。

でも、やはり完全にそれがおさまることはありませんでした。

そして、23歳。就職。

就職しても状況は変わりません。

幸い留学によって多少過食嘔吐の習慣が和らいだので、毎日欠かさず定時に過食嘔吐、という状況ではなくなっていました。

数週間、まったく過食嘔吐をしないこともありました。

しかし、ストレスを感じて一度過食嘔吐をすると、そこからまたかつての習慣が呼び覚まされ、ストレスが解消してもしばらく過食嘔吐が止まらない、というループにはまるのです。

過食嘔吐。

これは、このまま一生続くんだろうな。

口では「いつかおさまる日まであきらめないぞ」と言いつつも、内心そう思っていました。

それがいつの間にか、32歳の今、「過食しない生活。吐かない生活」が当たり前になりました。

こんな日が来るなんて。

いつからだろう。

そうなったのは、本当にここ数年です。

何かきっかけがあってそうなったわけではないので、自分でもはっきりいつからか覚えていません。

ふと「あれ。俺、ずっと吐いてない」って気が付いた感じ。

若いころの俺と今の俺。

何が変わったのか考えてみると、多少自分が太ってもいいや、と思えるようになったことが大きい。

若いころは病的な肥満嫌悪があり「1キロでも太るぐらいなら吐く。太った自分は醜い。ナイフで脂肪を切り落としたい。太った自分に価値なんてない」と思っていました。

それが、嘔吐につながっていました。

今でも太るのは嫌だけれど、多少太っても「痩せなきゃなー」と思いながらチョコレート食っちゃうような緩い状況です。

吐いてまで痩せよう、というテンションは今はありません。

では、なんで太る自分を許せるようになったのか。

たぶんそれは、「自分のアイデンティティを探す旅」が終わったからじゃないかな。

ずっとずっと俺は「俺って何者なんだろう」「俺の価値って何なんだろう」「他人より価値のある人間でありたい」というナルシスティックな自分探しをしていました。

このブログや、その前身のオンライン日記ももともとそのためにやっていたのだと思います。

オンラインで自分のことを書く、という行為はちょうど過食症にはまり込んでいた高校3年の頃からやっています。

自分をさらけ出すことで「みんな、ここに遊己という人間がいますよ!俺のことを見てください。見て、俺のことをわかってください。俺の価値をみつけてください。そして、あなたの口から俺に、俺の価値を教えてください」と叫んできたのです。

俺の価値を見つけてもらうためには、俺は太った姿ではいけなかったのです。

痩せて、少しでも見栄えよくあらねば。

そうなったのは、俺が探し求めていたアイデンティティが外見、モテ、セクシュアリティというったところにあったからです。

つまり、「男に性的にモテる男」でありたかったのです、きっと。

その価値を他人からの評価で求めていた。

簡単に言ってしまえば、男に愛されたかったし、多くの人から「かっこいいですね」「モテそうですね」と言ってほしかった。現実がどうであるかとは関係なく。

そんな愚かな自分探しの旅、ナルシスティック・ジャーニーをしていました。

今だからそう振り返れます。

結局、俺のナルシスティック・ジャーニーはゴールに辿りつかないまま、いつのまにか終わっていました。

カッコいい男、モテる男という他者評価を十分もらえず、もちろんそんな自己評価もできないでいるうちに、「もうそんな自分探しはいいや」と脳が判断してくれたのでしょう。

もしかしたら、今度は「仕事ができる俺」とか「社会的貢献度の高い俺」とかいう理想像を無自覚に心に秘めて新たなナルシスティック・ジャーニーが始まっているのかもしれませんが、それはいつかこの時期を過ぎ、次のステージに入って振り返ってみないとわかりません。

いずれにせよ、「性的にモテる俺」という価値を追わなくなったことで、病的な肥満嫌悪は消えたのです。

そして、ストレスを感じてもそれが過食嘔吐には結びつかなくなりました。

習慣的な過食嘔吐もありません。

これが、俺のこれまでの過食症ヒストリーです。

摂食障害は、完治することはないともいいます。

症状がおさまることはあっても、何かのきっかけで再発することがある、と。

今、俺は自分が過食症の時期を終えたと感じ、過去を振り返っていますが、もしかするとまだこれからも過食症ヒストリーは続くのかもしれません。

そうなると、ここで自己分析したことも、全然違う、ということになるのかもしれません。

そうなったらそうなったで、また過食症で苦しめばいいし、足掻けばいいし、その後また振り返ればいい。

そう思っています。

ナルシスティック・ジャーニーも過食症も、愚かしく苦しい時間だったけど、それも俺の人生だし。

だから、あえて今でも「過食症だった俺」ではなく「過食症の俺」と自称しています。

こんなふうに自分のこと長々と考えて書いているんだから、ナルシスティック・ジャーニーをしていなくても、ナルシストはナルシストなんでしょうね、俺。

そんな自分も受け入れます。

長い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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