駄文「iPhoneが壊れた日」

今日は少しいつもと色味を変えた文章です。

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「iPhoneが壊れた日」
俺は香港の街を歩いていた。
南の島から日本に帰る途中。乗り継ぎのために立ち寄った香港。
せっかくだから香港でも1泊しようと予約したホテルは駅から少し離れていて、日差しの照りつける中、俺はバス停を目指して歩いていた。
湿気高く暑い香港の街。アスファルトからの照り返しがまたきつい。
流れ落ちる汗を拭うために左手にはハンカチ。
そして、右手にはiPhoneを握っていた。
暑くても。寒くても。暇でも。忙しくても。日本でも。香港でも。
iPhoneを離すことはできない。
いわゆるスマホ中毒
そしてスマホ依存の根底にあるのは現代人の孤独病
常に誰かのイイねがほしい、メッセージがほしい、コメントがほしい。浅く広く新しい情報にまみれていたい。
それが、自分と社会とのつながり。現代版のキズナ
そう、SNS依存、ネット依存、スマホ中毒。
批判的な文脈で語られることが多いけど、それは、トランスフォームした新たなかたちのキズナの訴求でもあると思う。
ネットを介してであろうと、俺は誰かとつながっていたと思い、自分が存在するために他者を必要としている。
それの何が悪い?
そんな理論で武装して、香港の街で片手でいじるiPhoneで開いているのは
ゲイ向け出会いアプリ。笑
解説
「テキトーなこと言ってるだけで、実は香港人イケメンと出会いたいだけ」
ゴンッ!!!
香港で最初に俺のカラダに触れたのは、iPhoneを通じて出会ったイケメンでもなければフツメンでもなく立派な街路樹でした。
歩きスマホで前見ておらず、幹を抱え込むように街路樹に衝突。
まるで俺から抱きついたかのよう。
確かに香港で誰かに抱きつきたいと思ってiPhoneを見つめていたわけだけれど。「誰かに」であって「何かに」じゃないんだよ。
片手で持っていたiPhoneはコンクリートの道路に大胆に落下し
ひび割れ、イケメンからのメッセージが来ようと二度と確認できなくなったのでした。
割れたiPhoneを拾い上げた俺。
周りへの恥ずかしさと、iPhoneが壊れたショックと、街路樹に与えられた衝撃的な全身の痛み。
その全てを感じながら、少し涙の滲んだ両目を日差し照りつける香港の高層ビルたちに向け、強く思いました。
次はGalaxyにしよう。
現代人は意外と図太く、ブレず、反省しないのです。それは強く生きていくための進化だと思う。
iPhoneが壊れた日。俺は、自分の強さと人類の進化をみた。
でも、歩きスマホはやめましょうね?
         以上。
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10代の頃はホームページでこんな感じの文章書くのが楽しかったんですよね。
まだ書けるとかなーと思って書いてみたけど、当時のように楽しく書けなかった。
おもしろくもならなかった。文才がほしい。

2 Replies to “駄文「iPhoneが壊れた日」”

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